🧘♀️吉川めいのMindfulness Tips
禅の公案と呼ばれるもののひとつで、「君の生まれる前の顔はどんな顔?」という問いかけがあります。
「父母未生以前(ぶもみしょういぜん)本来の面目は何か」と言うそうですが、そんな問題、考えるほどに余計分からなくなってしまうパラドックスを感じてしまいますよね。実は、そもそも禅の公案とは、考えに及ばないことを知るためにあるものなのです。
瞑想において、私たちは思考や感情など、心の内容を「観ること」を続け、マインドの領域を俯瞰する練習を重ねます。同様に禅の公案の役割とは、マインド(思考の働き)を訳が分からなくさせ、「分からない事を受け入れる」あるいは「分からなくてもいいや」などといった、理性を越えることへのお誘いなのです。
私がこのような解釈に至ったのは、パウロ・コエーリョさんの小説「アレフ」がきっかけでした。
旅人が道を歩いていると、しめ縄のかかった大木に向かって儀式を行なっている人を見かけます。旅人はそれを不思議そうに見て「ただの木に向かって、何をやってるんだろう?」と話します。
すると、「理性の届かない不思議な儀式をすることで、初めて理性を越えた深い魂に触れることができる。木の魂に触れるように、自分の心の奥にある源に触れることができるんだよ」といった答えが返ってきました。ここから学べることは、「分からないことを怖がったり毛嫌いしないでね」ということです。分からないからこそ、 素敵で面白くて、役割を果たすことがあるかもしれないと捉えるのです。
🧘♀️今週のMindfulness Exercise
身の回りにある意味が分からないアートや、理性のない子供の遊び、本能のまま動く動物などに触れ、理性を越えた次元に触れてみましょう。これまでのあなたには知ることのできなかった意味や魅力があるかもしれません。分からないことは分からないこととして受け入れ、あなたを枠に閉じ込める「マインド」の及ばないところへと進んでみるのはいかがでしょうか?
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あなたのこの先の時間が、少しでも穏やかでありますように。そんなひとときのお手伝いができたら、とてもうれしいです。ご興味があれば、MAE Yのサービスも、よかったらのぞいてみてくださいね。