Q. 瞑想とはどのようなものですか?
吉川めいの回答
A. 瞑想とは、一般的に心を静かに安定させる実践として定義されます。瞑想練習の基本は「ただ坐る」「ただ観る」というシンプルな非行為的な行い(non-action)です。「ただ坐る」ことは、坐りながら「私は在る(I am)」と認知し、思考や感情などの心の内容物を観察することを通じて心の安定性を養うプラクティスです。
また、そこで育まれた自覚意識(アウェアネス)は気づきのある状態(マインドフルネス)を促し、心の揺れを抑え、次第に思考や感情に振り回されにくい、安定した意識の土台を思い出させてくれるでしょう。
日本語の「瞑想」はサンスクリット語の「ディヤーナ」に由来する言葉です。それは、集中を保持した先に至る状態であり、頭で理解するコンセプトや努力で得る状態とは異なります。
「メディテーション」は英語で「瞑想」を指す言葉です。その語源はラテン語の "meditatum" から来ており、「思索する」という意味があります。
チベット語で「瞑想」は「ゴム(gom または ghom)」と言い、「慣れ親しむ」という意味があります。つまり、瞑想の実践は心の内容や働きについてまずよく知り、深い洞察を促すということです。最終的には心の動きに支配されない、心を超越した状態(「私はただ在る(I am)」)に慣れ親しむことを指します。
私は、瞑想をよりわかりやすくするために、以下の2つの定義を用いて説明します。
①「瞑想」という練習
②「瞑想」という状態
①は②を目指していると言えます。
①の練習についてですが、瞑想には様々な具体的な方法があります。有名なものには、静座、坐禅、ヴィパッサナー瞑想、慈悲の瞑想(慈愛の瞑想)、マントラ瞑想、トラタカ(一点集中)瞑想、阿字観瞑想、マインドフルネス瞑想などがあります。他にも、音楽やガイドを用いたガイデッド・メディテーション(誘導瞑想)や呼吸法など、瞑想練習やその入り口として挙げられますが、本来瞑想はどのアプローチを活用しても2の状態を目指していることには変わりなく、重要なのは安定した形で継続することです。
実際にやっていただければわかるのですが、ストレス軽減や自己認知の向上など、身体と心の健康や気づきの意識のある暮らし(マインドフルネス)など、数多くの利点があります。では、全てが目指している②の瞑想状態について少しお話ししましょう。
②の状態を仏教では「無心」と呼んだりします。時間や空間など、人の思考のコンセプトから解放されている状態です。インド哲学においては「I」(私、我)を最初の思考と認知するので、最終的には「I」(私、我)というアイディア、コンセプトさえも超越します。その手前でも感じられる瞑想のベネフィットはたくさんあります。時間がない、眠っていない、自覚意識(アウェアネス)がある、気づいている。このような状態が育まれるから、マインドフルネスが捗るのです。
最後に、瞑想は実践につきます。瞑想はコンセプトや思考自体を超越するものなので、それ自体を「分かる」ものではありません。例えば、瞑想の資格や免許があるということはその流派について学んでいる証拠にはなりますが、実践がどれくらい進んでいるかの証明にはならないということです。
もっと瞑想について詳しく知りたい方は「瞑想とは」のページもぜひご覧くださいね。